A 水俣病のあらまし(展示について)


水俣病は、豊かな暮らしをもたらすはずの産業の活動から副次的に作られた汚染物質が、環境を経由して私たちの身体をむしばむという、 公害の典型と言うべきできごとでした。この病気が公式に発見されたのは昭和31年(1956)5月1日です。 このコーナーでは自然科学の目で水俣病を解説することを試みています。

@病気の原因は、メチル水銀だった。(解説1解説2

A工場の生産工程で使われた無機水銀がメチル水銀に変わり、これが海や川を汚染した。
製造工程
(原因企業は、八代海沿岸(熊本県および鹿児島県)では日本窒素肥料(株)(後に新日本窒素肥料(株)、現在はチッソ(株))、阿賀野川流域(新潟県)では、昭和電工(株))

B海や川の汚染は、魚介類のメチル水銀汚染を引き起こした。(解説) → (生物濃縮)

C汚染された魚介類をたくさん食べた住民に病気が発生した。その範囲は、八代海沿岸で2県・4市7町にわたり、 また新潟県の阿賀野川でも工場より下流の全流域におよんだ。 公害健康被害の補償等に関する法律によって認定された患者は平成12年(2000)末現在で、八代海沿岸で2,265名、阿賀野川流域で690名。

D水俣病の発生は、日本が高度経済成長の時期にあった頃のできごとで、その当時の社会状況にも公害発生の要因があったと一般的には考えられている。(解説) → (社会的背景)


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