A 水俣病のあらまし(水俣病が起こった社会的背景)

水俣病の原因企業は、チッソ(株)(水俣工場)と昭和電工(株)(鹿瀬工場)です。両者は、第2次世界大戦後の復興に続いて高度経済成長のさなかにあった日本を支え、 発展させる原動力の役目を担っていた化学工業分野の企業です。

なかでもチッソは高い開発力を持ち、独自の技術で次々と生産設備を更新して製品の増産につとめました。 チッソの成長に歩調を合わせるように水俣の町も急速に発展を遂げました。 そして、工場と従業員の納める税額が水俣市の税収の50%を超えるなどしたため、チッソは地域の経済や行政に大きな力を持つようになり、 水俣はいわゆる企業城下町へと変貌しました。

こうして地域社会の支持を受け、安い労働力、豊富な用水、自前の発電力そして天草の石灰岩や石炭など手近にある原材料を活用し、 また廃棄物や廃水の処理についても優遇されていたので、チッソは増産を重ねることができました。一方で労働環境や自然環境への配慮は後回しにされていました。


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