B 水俣病の原因究明(熊本大学医学部水俣奇病研究班の成果)

研究班では、病気の原因が水俣湾の魚介類にあると見当をつけた昭和31年(1956)11月ごろから水俣湾の魚介類をネコに食べさせる実験を始めました。 翌年、武内教授と共同で実験を行っていた伊藤水俣保健所長が、ネコの発症に成功し、水俣湾でとれた魚介類が水俣病の原因であることがはっきりしました。 また、世良教授も健康なネコを水俣病の発生地域に送って飼うと水俣病になることを確かめました。

続いて、研究班は病気の原因となっている物質を特定する作業に移りましたが、水俣湾から採取したヘドロや魚介類からは 10種類以上の有害物質が検出されたため、この作業はなかなか進みませんでした。

研究班が有機水銀に着目したのは昭和34年(1959)で海外の文献から水俣病と有機水銀中毒症の症状が似ていることに気付いた武内教授や徳臣助教授(当時)が有機水銀説を報告してからでした。ネコに有機水銀を与えると水俣病になったことや、 喜田村教授の分析でチッソの排水口から水銀が流れ出ていることを示す証拠が得られたことから、 研究班は同年7月22日に、水俣病の原因物質は有機水銀と考えられると発表しました。

これに対して、水俣湾に有機水銀があるとは考えられないという反論が寄せられました。というのは、 工場では無機水銀は使っていたものの有機水銀は使っていなかったからです。当時は有機水銀を正確に分析する技術がなく、 その存在を確かめるのはたいへん難しいことでしたが、昭和36年(1961)11月には内田教授が水俣湾の貝(ヒバリガイモドキ)から、 また昭和37年(1962)8月には入鹿山教授がアセトアルデヒド生産設備から採取した触媒滓から、 メチル水銀化合物(有機水銀の一種)を取り出すことに成功したと発表しました。


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